たまには音楽の話でも
たまには音楽の話でも
DNではMtGの話ばかりしているので、たまには別の趣味の話でも。
そういうことで、今週の金曜日の23日に新譜「現象の花の秘密」を発売なされる平沢進師匠の話を。

どうも周りには平沢進を聴いている人がいないようです。いやまあ周り一面ヒラサワだったとして、それはそれで怖いのですが。
この人が作る音楽は既存の音楽とは一線を画し、大体の曲がいつの時代にどこで作られたか分からないような「常に新しく」「無国籍」な音楽だと評されます。
テクノポップ御三家のひとつとして数えられたP-MODELの初期(1979〜1988)ではまだ「昭和感」がありますが、一度活動を「凍結」してソロ楽曲を作りはじめた頃から徐々に今のような曲作りへの変容をはじめたと僕は感じています。
その後、タイで女性の心を持つ男性(ヒラサワ曰くSP-2)との出会いに大きな影響を受け、1995年にアルバム「Sim City」を発表してから完全に時代の流れから抜け出したと認識しています。

個人的に一番好きなアルバムは1998年にソロで発表された「救済の技法」です。正直最初に通して聴いた時は衝撃的過ぎて理解が追いつきませんでしたが、これはいわゆる「全く新しいもの」に直面したときに起こる反応で、以降平沢進の世界にのめり込むには十分すぎるほどの衝撃となりました。
また、全曲が素晴らしく思えたアルバムというのもRadioheadの「In Rainbows」を高校のときに聴いて以来でした。知名度が低いのが不思議なぐらいです。

では何故ここまで一般的な知名度が低いのか。
実はこの人はレコード会社やJA◯RACの悪質な体制に反発してインディーズのような形で音楽を発表するようになってからは表舞台からは遠ざかるようになってしまったのです。それでもプロとして初のインターネットを通じてのMP3販売を行ったり、無料で自分のアルバムのリード曲を配信するなど精力的なインターネット上での宣伝活動を行い続け、既存のビジネスモデルを破壊して今でも成功を収め続けています。

近年では某軽音楽アニメの元ネタとして注目を集めたり、映画「ベルセルク」の主題歌を務めるなど、ネット界隈ではその名を耳にすることもたまにあります。
自分は映画「パプリカ」の白虎野の娘が初ヒラサワでしたが、その頃はヒラサワだと知らず、某動画サイトで白虎野の娘のアレンジを見つけて、原曲が無料で配布されていると知りヒラサワの存在を認識しました。

結論として、音楽性もさることながら、ビジネスでも奇才であるというのがこの人の個人的評価でしょうか。詳しくはインタビュー(http://ascii.jp/elem/000/000/484/484998/)を見ればわかると思いますが、この人は自分の音楽を新しい形で展開するのみならず、才能があるのに思うように音楽を売る事が出来ない他のアーティストにも既存のビジネスモデルからの脱却を説いています。もちろん実力が無ければなかなか出来ない事ですが、非常に説得力のある話だと思います。


音楽業界の退廃が叫ばれて久しい今日この頃ですが、ひょっとしたらこの方こそ音楽というものが生き残るための唯一の方法を提示しているのかもしれません。

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